台湾旅行

2016/08/14 Sun 22:41

台湾に来ています。

台湾にくるのは初めてで、中国と同じような姿(しかも10年ほど前にいった北京や上海)を想像していたのですが、全く違いました。

驚くほど日本に似てて、町中に日本語が。日本のお店も多く、日本食も沢山。
スタバ、マクドはもちろんセブン、ココイチ、牛角などなど。
治安もよくて夜でも一人歩きできそうでした。
トイレも比較的綺麗ですしね。
綺麗なベンツや日本車も。塾まである。


ただ、一歩裏道に入ると住宅は汚い昔ながらの建物だったりするのでもしかしたら格差が激しい国なのかなあと思ったりもしました。

初めは、トランジットのために寄っただけで魅力を感じなかったのですが、公園いったり街中の安いご飯を買って町歩きをすると楽しくなりますね。
また、いつかきて、台北以外に行ってみたいです。

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ピクニック~

2011/11/13 Sun 21:53

SBCA0879.jpg

お弁当を作るようにしなきゃね、宣言をしたからではないですが。
ピクニックに行ってきました。

ピクニック行くのなんて初めてじゃないかな。
子供が少し大きくなったってこともあるけど、今まではお弁当作らず外食+おでかけとかだったので。。。


お弁当は手抜きだらけ。
ゆでるだけ~、あっためるだけ~とか、詰めるだけ~とか。

それでもまぁ作っただけで個人的には進歩です。
子供も「ママのお弁当おいしい~!」と言ってくれたし。
一番おいしかったものは「ミートボール!!」(あっためただけ)らしいですが。(笑)


訪れた場所はハイキングコースにもなっているところらしいです。
ハイキングしている人や、子連れの人なんかがたくさんいて、サッカーしたりできるスペースもあり、ゆったり過ごせました。

もうすぐ冬。

冬になる前にいけてよかった☆



次は、、、春にでも~~~かな?

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偶然

2011/10/16 Sun 02:17

用があって病院へいっていた。

少し時間が空いたので産科あたりをうろうろ。子供が暇そうだったのと、知り合いが入院してるという噂を親からきいてしってたから赤ちゃんみえないかなあと。


ところが新生児室は一般には公開されてないのか赤ちゃんの姿はみえず。

諦めて帰ろうとしたとき、赤ちゃんつれてとおりかかった、なにか面影がある顔。。。


あ~!いたっMちゃん!


恐る恐る声をかける。

「Mちゃん??」 

向こうは??って顔。

「あ、あき。ほら近所の。」

そう、そのことは小学生以来あってない。おばちゃんとはあうけど、なかなかあう機会がなく。

そういうとわかったらしくしばし赤ちゃん話。

スッゴク懐かしい。
ほんとタイミングよかった。


その後実家まわりでうろうろしてるとまたMちゃんに再会。

久しぶりの知り合いにあえるのはとっても嬉しい。こういうのは地元のよさだよね。


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カイニョ

2010/02/13 Sat 01:03

去年、北陸地方を旅行したときに気になった事があった。

富山の田園地帯を車でとおっていたのだけど、見る家見る家、周りが杉の木で囲まれている。。。

こんなかんじ

なんやろう?と思っていたのだけど、カイニョというらしい。

富山・砺波平野の散居村

見渡す限りの水田地帯に、背の高い屋敷林に囲まれた家々が不規則に点在する。富山県西部、飛騨高地を水源とする庄川と小矢部川流域に広がる砺波平野(砺波市、南砺市、小矢部市、高岡市)。ここに「散居村(さんきょそん)」と呼ばれる典型的な日本の農村原風景が今も残っている。 散居村の歴史は古く、中世末までさかのぼる。庄川の洪水を避けるためわずかな高地を選んで開拓が始まり、用水路の整備とともにそのすき間を埋めるように農家が建てられていった。 「カイニョ」(垣根が語源)と呼ぶその屋敷林は主にスギ。日本海からの冬の厳しい季節風や夏の強い日差しから家を守り、かつては燃料や資材としても使われた。 



参考までに、Wikipediaも。
砺波平野(となみへいや)


今では珍しい人と自然との共存を感じる風景。この風景を私達は次の世代に残すことができるだろうか?





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昔話(2/3)

2008/04/11 Fri 13:05

私はある協力会社のAさんと一緒に働いていた。
その人は、私より10コぐらい上の人。
協力会社のリーダーをしていて、責任感が強く、この人に仕事をお願いしたらまず間違えはない、という人だった。
裏で大きなプロジェクトが起こった為優秀な人員を抜かれて弱体化した私のチームをかげながら支えてくれていたのもこの人だった。
私はAさんと担当が同じで一緒に仕事をすることも多かったので仕事以外でもいろんな話を聞かせてもらっていた。



そんなある日。
いつものように、Aさんとお話していると、Aさんが会社の批判をし始めた。
うちのチームは先ほども書いたが弱体化しており、ボロボロの体制。そんな中でAさんは必要以上に仕事をしているので不満がたまっていたみたいだった。
そんな体制にしている会社はおかしい、といい始めたのだ。
ん、確かにうちのチームの体制が弱いため協力会社さんにまで迷惑をかけている。でも、大きなプロジェクトがある以上、リスクが高いところに人員を持っていくのは当たり前なんじゃないか?
私はそう思って反論した。
でも、Aさんとは意見があわなかった。



しばらくしたある日。
Aさんが今度は上司の批判を始めた。
上司がしっかりしてないから、チームがだめになる、あんなやつは辞めさせるべきだ。と。

批判した上司は私が尊敬している上司だった。
Aさんは上にたったものがチーム全体を管理する、という考えで。
上司は、下に自由にさせ、考えさせ、様子を見守り、どうしてもだめになったら出て行く、という考えだった。
私はまた反論した。
どちらも正しいと思ったし、私が尊敬している人を悪く言われるのは許せなかった。
でも、判ってもらえなかった。
「あきさんは、XX会社の人間だから、会社をかばうんだな。この会社にしかいないから、考えが甘い」と言われた。


こんなやり取りがエスカレートして。
Aさんと何か打ち合わせをやるといつも愚痴がでるようになってきた。
私はそのたびに反論して、上司が悪いんじゃない、上司はちゃんとやってくれてる。私達の力がないのが悪いんだ、といい続けた。
判ってもらえないのが悔しくて。力がないのが悔しくて。
せめてAさんが言っていることのうち当たっている部分を変えようとした。
上司にチームのダメなところを伝え、こう変えてほしいとお願いした。結果、良くなったところもある。
でも、弱体化したチームだもん。頑張ってもAさんが望むほどよくなることはなかった。



またしばらくして。
気がつくと、Aさんは直接上司に意見を言うようになっていた。多分私に言ってもラチがあかないとおもわれたんだろう。
上司はAさんやその他リーダーさん、当事者を呼んで話をした。私が呼ばれることもあった。
私達が気づかない観点で物事を指摘するのは凄いことだな、とそのときは思ったのだけど。
上司からみるとまた違ったみたいだ。
もちろん意見を言ってもらうことに対しては喜んでいたのだけれど、協力会社の人からの視点でみたものと、会社の視点でみたものはやはり違う。どうしてもずれている。何度もこんなやり取りが続いたある日、上司も不満を言うようになってきた。

「Aさんはどうしたら納得してくれるんだろうな、今は暇だからいいけど忙しいときにされたら相手できない」
そのとおりだ。確かに優先度がある。
Aさんは悪いところを全部指摘するけれど、すべて直すことが正ではない。
だけど・・・。
Aさんは会社を良くしようと思って言ってくれてるんだけどな・・・。なぜだろう?同じ目的なのに、なんでわかりあえないんだろう?
そう思うとなんだか寂しかった。

上司との打ち合わせが終わった後、Aさんはよく私に報告をしてくれた。そして、言う。
「俺が悪者になれば会社はよくなるんだ」と。
そのとおり、悪い点は減っていた。
でもAさんはどんどん悪者になった。
「Aさんは使いづらいからきろうと思ってる。Aさんが居なくても仕事回るか?」
と上司に聞かれたこともあった。
私だけでなくいろんな人に聞いて、あの人が居ないと仕事は回らない、という答えになったらしく、Aさんが会社から居なくなることはなかった。
Aさんもまた、「こんな会社早く撤退したい。」といい続けていた。

その後も、Aさんはいつまでもうちの会社のことを悪くいい、上司を悪くいい、上司もまたAさんを悪く言った。私は、Aさんも正しいけど、上司も正しい、わかって。と言い続けた。

そのうちさらにAさんと私のやり取りは頻度が増した。何かの打ち合わせをして終わったら上司の悪口を言い出すAさんに、いつも反発したものだから、私達のやりとりをみていた上司が心配したほどだった。
上司の悪口に対して反論しているとは誰にも言ってなかったので、仕事のやり方についてケンカをしているように見えたみたい。休憩をしている私に上司が声をかけてくれることが何回かあった。
そのたびに上司は私をかばってくれた。
嬉しかった。でも私をかばってくれなくていい。だから、Aさんをわかってほしい。そう思ってた。でもうまく言えなかった。



そして。結局意見が合わないままAさんとのやり取りは終わってしまった。
担当が替わったりして、Aさんと関わる機会がなくなってしまったのだ。

私はAさんを守りたかった、上司を守りたかった、会社を守りたかった。
でも出来なかった。
私が自分の思っている事を理論的に言えなかったし、Aさんに認められるほどの実力がなかった。

あんなに本気で立ち向かったのに、結局何にもできなかった。
何もしなかったのと一緒。なにも変えられなかった。
しばらく落ち込んだ。
結局あんなに話をして、結果なにを残せたんだろう・・・と。


今も思う。
このことは解決していない。
もしかしたらAさんや上司になにかをすることはもうできないかもしれないけど、Aさんと同じような人があわられたとき、今度こそ言えるようになるんだ。と。

そのために。
私は変わりたい。きちんとしたい。
自分は自分に甘くてちゃんとできるかわからないけど。。。
こんな言い訳せずに、きちんとしたい。
誰かのために。自分のために。

いつもそう思ってる。

あきらめなければ失敗じゃないもん。
後悔したくないもん。
絶対結果を出してやる。と。

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